· 

068 お木曳に向けて Getting ready for Okihiki

来る6月3日、答志島では20年に一度の大行事「御木曳(おきひき)」が行われます。美多羅志神社の本殿の建て替えの際に使用する建材を運ぶお祭りです。その御木曳に向けて、現在島のそこかしこで、本番に向けての準備が行われています。

 

御神木の運搬についてはこちら⇒20年ぶりの・・・

 

お木車の制作現場で作業する大工さんたち

御神木(またはお木)を乗せる車は御木車と呼ばれます。御木車も島の大工さんたちの手によって作られます。制作している場所に入らせてもらったのですが、材木にヒノキを使っているため、とってもいい香りがします。ヒノキ風呂に入るときとはまた違うフレッシュな香りです。

彫刻をする大工さん
細かい細工を施すのも大工さんの仕事

御木車が通るのは、答志のメインストリート。神祭のときにも七人使いやお的衆が通って行く道です。メインストリートとはいっても、軽自動車がようやく通れるほどのとても狭い道です。そこを自動車よりも高さのある御木車が通るのには万全の準備が必要です。

軽自動車が1台やっと通る幅の道
お木が通る細い道

先週4月21日に、実際に御木車を通すことができるのかを確認する「試験曳き」が行われました。御木車と同じ寸法の代車を作り、それを試し曳きします。通りに面した家の張り出した軒、ベランダの柱など、御木車にあたるようであれば、家の方を壊すのが掟です。前の御木曳から20年の間に家が建て替えられたり、リフォームされたりするため、必ず試験曳きが行われ、大体どこかしらの家の一部を削ったり壊したりするのだとか。

 

御木車を作る前には祈祷をしましたよ⇒ちょんのはじめ

 

御木曳に向けての準備で、最も大切なのは、音頭取りの練習です。御木曳では答志と和具を4つの世古(地区)に分けて、それぞれの世古で2人組を4組を作り、順番に音頭をとります。音頭をとるというのは、お木を乗せて運ぶ御木車に一緒に乗り、歌を歌うことです。この辺の詳細な流れについては当日にレポートしようと思います。

手の動きで音の上がり下がりを示す師匠、歌う音頭取り2人
東世古(ひがぜこ・答志地区の東の辺りの地区)は師匠宅で練習

各世古の人たちは、音頭の上手さを競い合います。コンテストでもなければ、誰かが点数をつけるわけでもないのですが、御木曳の様子は後々まで語り継がれます。実際に60年前の御木曳を見た人に尋ねてみれば、どこの世古で誰が歌ってどうだった、という話が聞けるものです。音頭取りとなった人たちは世古の威信をかけて歌うんですね。

歌う中学1年生4人組と、師匠やその他の音頭取りたち
和具世古(わぐぜこ・和具地区全体)はコミュニティセンター「九鬼の館」で練習

6月初めの本番に向けて、早い世古では1月頃から練習が始まりました。毎晩大体7時過ぎから2時間くらい練習しています。師匠となるのは、前回20年前の音頭取りの人たちです。40年前、60年前の大先輩が様子を見に来ることもあります。

歌う2人の音頭取り、後ろには寄付額が書かれた紙が貼ってある
西世古(にしぜこ・答志地区の西の辺りの地区)はコミュニティセンター「寝屋子の館」で練習

歌詞はその世古独自に作られたもので、御木曳や美多羅志神社、宮建ち(新しい社殿が建つこと)、故郷としての答志島などをテーマにしたいくつもの曲があります。毎回歌う決まった歌の他に、その時の流行曲の替え歌も作られます。60年前のときは「他所の世古の人間に節を盗まれないように」と、答志と和具の間の通行を厳しく制限したなんて話があるほど、この音頭というのは大事なものなんです。

扇子と紙垂を手に歌う音頭取り2人
中世古(なかぜこ・答志地区のメインストリート沿いとその周辺)は空き家を使って練習

練習を見ていると、歌って、ダメだしが入って、また別の組が歌って、しばらく話をしたりして、また歌って、とテンポはゆったりしています。「こんなにのんびりする時間があるなら1時間だけ集中して練習すればいいのに」と思って見ていたのですが、全ての世古の練習を見るうちに、ただのんびりと練習をしているわけでは無いんだということが分かりました。音頭取りの練習には、現役の音頭取り、師匠、そのまた師匠など、その世古の色んな世代の人たちが集まります。その中で、歌詞の意味についてや、当日の流れ、普段の漁のことなどについて話し、交流を深めることは、世古の地域力を高めることになるのだと思います。

例のごとくみなさんの厚意で、すべての世古の練習を見学させてもらいましたが、それぞれ雰囲気が違って面白いです。本番まで約1ヶ月の間にもどんどん精度を上げていくでしょう。気になった方はぜひ、6月3日に合わせて答志島に旅行に来てみてはいかがでしょうか?