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148 美多羅志神社御遷宮に向けて Preparing for reconstructing the main shirine

こんにちは、答志島のいがちゃんです。このブログを読んでいる皆さんは2018年の御木曳のことを覚えていますか?美多羅志神社の遷宮の2年前に行われるお祭りです。忘れちゃった方も、知らないよって方も、ぜひ一度下の記事を読んでみてくださいね。(ひとまず、御木曳当日の前編を読んでもらえばいいかと思います。)

 

御木曳前の御用材の運搬 ⇒ 20年ぶりの・・・

御木曳の演芸 ⇒ 御木曳の前日

御木曳当日(前編) ⇒ 動き出したお木車~御木曳~

御木曳当日(後編) ⇒ 笑顔と愛あふれる祭り

歌う音頭取りと見物する大勢の人たち
2018年の御木曳。盛り上がりましたね!

遷宮の2年前に行われるお木曳が2018年に執り行われたということは、今年2020年は遷宮の年ということです。新しい本殿が建てられる宮建ちは秋なのですが、それに向けて先週御用材が運ばれました。

 

今回は夫の一眼レフカメラを出動させたので、ぜひ写真を楽しんでくださいね!!

中野郷で御用材を受け取る

朝9時、運搬船2隻と漁協の船やはた丸が答志と和具の港を出発しました。船には町内会や漁協の役員さんたちが乗り込んでいます。

菅島の前を走るやはた丸
運搬船安盛丸
政吉丸のフライ旗
漁船

中野郷へ着くと、一部の人たちは御用材のある製材所へ向かいました。お木車を作ったときとは違い、今回は本殿全体を建てるための材木を運んで来るので、大小のトラック3台を2往復しました。

ちなみに御用材が中野郷へ運ばれてくるまでの間は、結構時間があるので、お弁当を食べたり、酒盛りしたりして待ちます。というか、中野郷に着くまでの道中ですでに出来上がっている人もいるんですけど・・・?

車座になって酒盛りする人たち
漁船と和具の人たち
青年たち

トラックからの積み下ろしが済むと、御用材、運ぶ人たち、船のお祓いがありました。この日は予報では午後から雨がぱらつくかも、という感じだったのですが、良いお天気。

お祓い
お祓い

その後フォークリフトでどんどん荷が積まれて行きます。棟木と2本の棟持柱は紅白の布で巻かれており、特に大きい棟木はリフトを使って用心深く運ばれましたが、棟持柱は人の手で大切に船に載せられました。

フォークリフトで運ばれる御用材

ところで、2年前のお木の運搬の際には、ずっと伊勢音頭が聞こえていたのですが、今回は最初の方のみでした。20年ごとにあるこの遷宮ですが、よく語られるのは宮建ちよりもお木曳の方なんですよね。やはり、世古から数人ずつ代表となる音頭取りが選ばれて、時間をかけて準備して、みんなでお木を引いて、という祭りに比べると運んでしまいさえすれば後は大工さんの仕事、という宮建ちとの間に温度差があるのは仕方ないことかも知れません。

伊勢音頭を歌う青年たち
棟持柱を運ぶ人たち

いざ答志島へ

全ての荷が積みこまれると、やはた丸を先頭に9隻の船が船団を組んで出航しました。わたしも記録撮影の方や製材屋さんの方たちと一緒に遊覧船に乗り込みます。

出港する漁船
出港する漁船
出港する運搬船
3隻の漁船

大漁旗(漁師さんたちはフライ旗と呼びますが)を掲げた船が走っている様子って本当に勇壮なんです。お正月や神祭のときにも旗を掲げる船自体は見ますが、港に停泊しているだけなので、やっぱり大漁旗をはためかせながら海の上を走っている様子は格別です。

漁船の先端に座る漁師さんたち
運搬船

船団は和具の前で一度足を停めました。そして、やはた丸に続いて御用材を運ぶ安盛丸と政吉丸が和具港近くまで船を進めると、その場で反時計回りに3周旋回しました。船って本来人や物が移動するために使われるものだから、方向転換以外でその場で回るなんてことはする機会はありません。お祝いの為だけに行われていることなんだなあ、と思いながら見ているとなんだかとても感慨深かったです。

和具港前を旋回する船

答志港到着

そしてそれが済むと、答志港へ向かいます。答志港に着くと、多くの住民が船を待ち構えていました。若い男性たちの何人かははっぴ姿で日の丸の扇子を片手に伊勢音頭を歌っています。

船団を組んで進む船
港で伊勢音頭を歌う人たち
港で伊勢音頭を歌う人たち

今度はすべての船が海上を旋回して、次々と入港してきました。船に乗った人たちが降りるなり、御用材が運び出されます。御用材を置くために普段は車でいっぱいの駐車場がまっさらな状態になっていました。

車が停まっていない駐車場
船を迎えるおじさんたち
入港する船
入港する船
下船する人たち

御用材を人力で運ぶ

さて、ここでも再び、御用材、運んできた人たちや、港に集まっている人たちをお祓いしました。その後、2組の音頭取りたちが木遣り唄を歌いました。御木曳のときに歌っていた歌を久々に聞いて、懐かしかったです。

美多羅志神社宮司さん
中世古の音頭取り4名
東世古の音頭取り4名

そして、じんじの舞台まで御用材を運びました。答志島を訪れたことがある人ならご存知の通り、答志の浜からじんじの舞台までの道は軽トラ1台がぎりぎり通るほどの幅ですし、大事な神社の御用材ですから、全て人力で運びます。

じんじの舞台へ向かう一行
御用材を運ぶ青年たち
御用材を運ぶ人たち
御用材を運ぶ青年たち

小さなものは1人で、大きなものは2人、3人、5人と力を合わせて運んで行きます。子どもたちも御用材の下に置く盤木などを一生懸命運びました。

御用材を運ぶ少年たち
盤木を運ぶ少年たち

当然1順で終わるはずもなく、何度も浜とじんじの舞台を往復します。最後に残ったのは太い柱。浜に戻って来た人たちが「うわー!がいな(大きな)のが残っとおやん!」とがっくり来ているのを女性やお年寄りは楽しそうに眺めていました。

御用材を運ぶ人たち
港に集まった女性たち
棟持柱を持ち上げる青年たち
棟持柱を運ぶ人たち

そして最後に棟木が舞台に納められると、婦人会の方たちが素早く日本酒を配り、みんなで乾杯しました。しかし本当にいいお天気で、そんな中写真を撮る為に走り回っていたので、久々に服がびしょびしょになるほど汗をかきました。

棟持柱を運ぶ人たち
乾杯!

世の中が落ち着かない日々が続いていますが、答志島が少し明るくなる出来事でした。

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コメント: 1
  • #1

    ○○ (木曜日, 30 4月 2020 21:54)

    20年に1回、
    凄かったですねー!!

    私も、浜でも近くで見てましたー!!

    何回か、五十嵐さんともすれ違って、
    声をかけようか迷いました!‪(笑)

    今は、行くことが出来ませんが、また、行った時には、是非話をさせてくださいー!!!