· 

097 「みんなの願い」架橋で島の未来は開けるか Would the bridge make our island better?

こんにちは、答志島のいがちゃんこと五十嵐ちひろです。先日、答志島架橋建設促進協議会の総会に出席してきたので、架橋について少しだけ書いてみることにします。

 

まず第一に、わたしは積極的に橋を欲しいとは思っていません。その上でできる限り公平に現状を見てみようと思います。

離島架橋とは

答志島架橋というのは、鳥羽の小浜と答志島の桃取をつなぐ橋を架けようという計画で、30年くらい前からある話のようです。小浜と桃取の最も近い地点は600mほどしか離れていないので、橋が架かってもさほど大きなものにはならないでしょう。冒頭に書いてある通りに答志島架橋建設促進協議会という会が発足しています。

 

離島の架橋といえば、淡路島の鳴門大橋と明石海峡大橋が最も有名なのではないでしょうか。その他にも全国に416ある有人離島のうちの90以上の島に橋が架かっています。

夕焼け
鉄塔が建っている辺り(本土)から右の方に向かって橋が架かることになる。

架橋のメリット

さて、架橋という選択肢があるからには、何かしらのメリットが享受できるはずです。答志島と本土を結ぶことで起こる良いことはなんなのか、挙げて行きます。

① 十分な医療機会を得られる

② 防災防犯機能の充実

③ ゴミの処理が簡単に、そして費用が安く済む

④ 介護サービスの選択肢が増える

⑤ 通勤、通学しやすくなる

⑥ 新鮮な魚を速く、安く輸送することができる

⑦ 観光客にとってのアクセスがよくなる

 

これらが、一般的に言われ、市役所の作る資料なんかにも載っているものです。それ以外にわたしが思いつくメリットと言えば、買い出しが楽になる、建築や修理コストが下がる、佐田浜駐車場に車を停める駐車料金がかからなくなるとか、夜のイベントやサイクリングなど、観光の可能性が広がることなどでしょうか。

架橋のデメリット

もちろん、必ずしも良いことだけではありません。橋が架かった場合に心配なことは以下の通りです。

① 地域コミュニティの衰退

② 犯罪や交通事故の増加

③ マナーの悪い観光客・釣り客の増加

④ 商店の機能の低下

 

あとは、橋も架けた上で定期船も出すとなるとますます定期船の経営は厳しくなるだろう、と思います。もし定期船を止めるのなら、車やバイクを持たない人にとっての時間の制約は架橋前とさほど変わらないでしょう。また、観光客が船に乗って旅行するワクワク感を味わえなくなるのはすごく残念だなあ、と思います。観光客が車で来られるようにするための整備(駐車場や道路など)はかなり大がかりなものになるので相当の痛みを伴うことが予想できます。あとは、上記のことと比べれば些細なことですが、離島ゆえに黙認されていたあんなことやこんなことも正さなければならないことに、ストレスを感じる人もいるだろうな、と。

「みんなの願い」に覚える違和感

今年に入ってから行われたアンケートによれば、配布数670に対して回答数は402(60%)でそのうちの293人(72.9%)が架橋に賛成と答えています。なるほど、島民の7割が架橋に賛成なら「みんなの願い」と言ってもよさそう。

 

ただこのアンケートは各家庭に1枚配られているので、家族の人数が2人でも10人でも回答は1。仮に家長であるお父さんが回答したとしましょう。もしかして奥さんが、子どもが、おじいさんが、架橋に反対って思っていても、回答に出てくるのはお父さんが書いた賛成1なんだよなあ、ってことがちょっとモヤモヤ。なんでかって言うと、わたしの周囲の人、特に女の人は架橋に反対とか、そんなに必要を感じない、という人が多いからです。

架橋はすべての問題を解決するか

「橋さえあれば、医療が充実し、不便も解消して人口流出は防げる」「橋さえあれば、観光客が増え島が潤う」という意見を聞くと、まだ見ぬ橋に夢を見すぎではないのかな、と思ってしまいます。

 

医療のことに関しては、高賃金好待遇を保証して腕のいいお医者さんに来てもらうとか、複数人体制にして夜も常駐できるようにするとか、救急船の設備を整えるとかの方が数百億円かかる架橋よりは低コストだし、観光面では橋が無いこと憂う前に現在できる努力をするのが先だと思います。(もちろんわたしの言っていることも机上の空論ですが)あとは、アンケートの回答に「せっかく他所から嫁に来てくれた人が、不便さから子どもをつれて出て行ってしまうことが増えている」とあるのを見たけど、それは多分不便さよりも家庭と地域の雰囲気の問題が大きいので、胸に手をあててみてください、と言いたい。

答志島架橋の看板
各定期船乗り場にはこの看板があります。

冒頭でも述べたように、わたしは積極的には橋は欲しくないです。わたしが好きになった答志島は、船に揺られてくる非現実的空間であり、人と人との繋がりが生きているコミュニティであり、古びた街並みであり、子どもだけで広場や道路で遊ぶ光景であり、自治の力が強い地域です。架橋が実現したら、わたしが好きになった答志島はもうそこに無くなってしまうのではないか、という恐れを感じるのです。

 

そうは言っても、架橋を願う人たちがいることは事実です。そしてその人たちの方が移住して1年そこらのわたしよりずっと答志島での生活がどんなものなのかというのを知っているし、元々島に生まれ育ったとか、たまたま嫁いできた先が離島だったという状況は、不便も納得ずくで好き好んで移住してきたわたしとは全く状況が違うのです。橋が架かることで期待できることは多くあり、間違いなくなんらかの利益がもたらされるであろうとわたしも感じます。

 

実は総会の参加者はさほど多くなく、特に意見が活発に交わされることもありませんでした。10年以上の膠着状態では無理もないことかとは思いますが、この様子ではなかなか県や国に訴えることはできないでしょう。架橋に賛成でも反対でもいいけれど、もう少し一人一人が真剣に架橋計画や、橋が架かるにせよ架からないにせよ、どのような島に今後していきたいのかに、向き合い、意見を持つということが、よりよい未来の答志島づくりにつながるのかな、と思います。